世界保健機構提唱の過度とも思える超健康増進法を発端としたアルコール狩りが始まって早二十余年。
水面下で日本酒を製造販売していた恐らく最後の日本酒蔵 紺緋色酒造(現コンヒーロフーズ)は、愛好者の密告によってその幕を閉じようとしていた。
「ふー、些細なトラブルが発端とはいえ、まさかファンの密告たぁな。」
「二十年ひっそり頑張ってはみたが、流石に隠そうったってそう上手かいかねぇな。」
「ま、俺なんざ氷山の一角だろうけどなーッ!ハハッ!」
連行されていく俺は取材陣のカメラに向かって大声で言い放った。
しかし、そう強気で言ってはみたものの、他にもまだ裏で造ってるヤツは居るのだろうか?
その時の俺の心境は、真っ当な事業を行っていた表の我が社の行方ではなく、数少ない同志への申し訳なさと、こんな形で自分の生きがいに幕を閉じなくてはいけない無念さだけだった。
「密造していた蔵が最後の酒蔵になるだなんて、全く嘆かわしいことですね。」
かつて酒豪で鳴らした某タレントは朝のラジオ番組でそう言っていたらしい。
「へっ、"健康"の被害者風情が何言ってやがる。」
「しかし…思えばあれから日本酒は変わったよな。
世界のSAKEとなったまでは良かったが、それから日本酒どころか他の酒までまとめて禁止と来やがったからな。」
日本酒はワイングラスで飲むことが持て囃され、それがいつしかスタンダードになった。
枡の中のコップにドボドボと酒を注ぐといったかつての高度経済成長期を思わせる忌み嫌われた飲み方は、日本酒晩年に『贅沢の象徴』として再び珍重され世の中わかんねぇなとも思ったもんだ。
そして今や、酒とタバコは麻薬と同じ扱われようだ。
俺も何年経ったらシャバに出られるんだか分かったもんじゃねぇ。
「オジサン、人格壊したり死んじゃうような麻薬みたいなの作ってたんでしょ?ボクは歴史の教科書でしかしらないけど、禁止されたのにそんなもん作っちゃダメだよ〜?」
つい数年前に成人式を迎えたような公安の若僧は威圧する様子もなくそう言った。
「ハハッ!最近の若いもんはそういうのも歴史の教科書か!」
「 時代だな。」
興味本位丸出しの彼は立て続けに聞いてきた。
「オジサン、聞きたいんだけどさ〜。オジサンの時代って、毒の煙とかオジサンが作ってたような毒の水とか普通にあった時代だったんだよね?なんだかすごく荒廃した世の中に思えるんだけど、どんな時代だったの?」
「ははっ、そうだな、そうだよな…」
「でもな、つきなみな答えになっちまうんだけど。」
「…昔は良かったよ。」
〜つづく〜