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普通酒を極める(その7):普通酒のこれから

※画像と内容は無関係

その2で書いたけども、俺は別に普通酒にこだわっているわけではない。
フツーに手に取れてフツーに買えてフツーに飲める酒が日本酒にあればいいね!って思ってるだけなのよ。


焼酎はあるじゃん。
甲類ならキンミヤで十分すぎるほどだし。
乙類(本格焼酎)ならどこでも売ってる霧島か二階堂買っとけば特に間違いないからね。
こだわり系の人からすると物足りないかもしれないけども、俺が言っているのはあくまでフツーの話しなのよ。
では、日本酒のフツーなヤツってなんだ?
普通酒だからフツーか?そうでもないだろ?


確かにちゃんと探せば確かに結構ある。
だけど、ちゃんと探さないと意外と見つからない。
この状況で何をもってフツーとするのか?
これでは結局のところ普通酒特定名称酒をめぐる状況と変わらんではないか。
俺は日常的であることはもっと大切にされていいと思うのだけど、なんかそういうふうにも見えない。
おっちゃんたちが望む酒はすでにあるんだろうけど、これからの世代を見据えた普通の日常に寄り添うフツーの酒ってものの方向性がよくわからない。
今後の発展につながるフツーなもの/ベースとなりうるものが示されるといいなと思うわけですよ。


制度的な話で特定名称酒でないものを普通酒と呼ぶのではなく、フツーに買えてフツーに飲める手軽なものが普通酒であってほしいというのが俺の切なる望みでございます。
無関心だから話題にならないのではなくて、話題にならないほど普遍的になって欲しい。
こんなことは究極の理想論だろうけど、そこを目指して欲しいというのがcongiroさんの願いでございます。


純米という言葉に押され気味の普通酒ではあるけども、負い目なんぞ感じる必要は無い。


「普通であること」


それが本来において普通酒のもつ意義です。



終わり。